都城市の「早川しょうゆみそ」(都城市西町、TEL 0986-22-0241)が創業135周年を迎えた。
11月に発売予定の粉末味噌「umami・so」 味噌の栄養素を壊さぬように乾燥させている(写真提供:早川しょうゆみそ株式會社)
1885(明治18)年、早川利三次が創業した同社は、当初「ところてん」を製造販売していた。利三次の子孫で同社企画戦略マネジャーの早川薫さんによると「一番古い売掛台帳に明治18年の記載があったので創業明治18年とうたっているが、戦後の火事によって古い資料が消失しており詳しいことは分からない。3代目早川武兵衞の頃からしょうゆみその製造販売を始めたようだが、なぜ『ところてん』からしょうゆみそへ業種転換したのか理由は不明」という。1947(昭和22)年に早川武兵衞商店を設立、1965(昭和40)年に現在の「早川しょうゆみそ株式會社」へ商号を変更した。
同社が製造しているのは混合方式と呼ばれるしょうゆで、本醸造しょうゆにアミノ酸液などを加えた九州地方独特の甘いしょうゆ。製造部長の富山和彦さんは「九州の人には昔から『しょう油を味わう文化』があった。刺し身にもたっぷりとしょうゆをつけて食べる食文化圏で、土地の嗜好(しこう)を反映したしょうゆみその味を守り続けてきたことが、当社のような地方の小さな会社が生き残っている理由の一つではないか」と話す。
しょうゆみそは製造する蔵に存在する麹菌によって味が決まる。同社では「早川の味」を守るための決まり事として「麹を育てる3日間は、職人以外の人間は麹室(こうじむろ)には近寄らない」「朝食では納豆を食べない」というものがある。その理由について富山さんは「麹室は麹菌にとって大切な場所。特にしょうゆやみその元になる麹を育てる3日間は、雑菌が入るリスクを減らすために職人以外の人間は麹室に近づかないようにしている。納豆菌は繁殖力が強いので、納豆を食べた人間を経由して麹室に納豆菌が入れば、麹菌を死滅させてしまう恐れがある。早川の味を醸し出す麹菌を守るため、社員教育の中でしっかりと教え、徹底させている」と話す。
同社は伝統を守りながらも時代に合わせた挑戦も行っている。2017(平成29)年からはEU圏へみその輸出を開始。順次輸出先を増やしている。難しいと言われた成分を壊すことなく乾燥させた粉末みその開発にも成功し、今年3月にはテスト販売を始めた。11月末には「粉末みそ『umami・so』」(みそ、ゆず、ごま各585円)として正式販売を予定する。「粉末みそ」用の乾燥機材を転用し、コロナ禍で出荷できずにいた農家からイチゴを買い取り「ドライいちご」としても販売した。
早川さんは「粉末みそ用乾燥機は、富山製造部長よりいろいろなアドバイスを受けて、みその風味を損なわずに乾燥できる仕様になっているので『これならフルーツも風味豊かに乾燥できるのでは?』と思い挑戦した。多くの方の好評を得てはいるが、あくまでもSDGs活動の一環、地域貢献の一環としての取り組んでいる」と話す。
同社には存続に関わる戦時中のエピソードが伝わっている。早川さんの祖父にあたる衞さんは、戦時中、広島大学に在籍しており、1945(昭和20)年8月6日を広島で向かえた。「真面目に大学に通っていたから、爆心地から離れた場所にいて助かった。もしあの日あの時、大学に行っていなかったら、『早川しょうゆみそ株式會社』は、今頃なかったかもしれない」と衞さんは家族や社員に話していたという。
次の100年に向けて早川さん、富山さんは「職人の経験と勘がたよりであったしょうゆみそ造りを、塩加減、大豆の固さなど機器を使って計測数値化し、マニュアル化している。職人の世代交代が進んでも安定した『早川の味』を提供できるよう努めたい」と意気込みを話す。
営業時間は8時~17時。土曜・日曜定休。